
映画『her/世界でひとつの彼女』が描いた人とAIの恋は、もうファンタジーではないかもしれません。
昨年「ChatGPT」に追加された音声会話機能は、本当に人と話していると錯覚するほど自然な発音を実現。共感を寄せたり質問を返したり、双方向な会話が可能なため、気軽な話し相手として活用する人もすでにいるという。今後AIが独自の人格を獲得したら、人が恋に落ちるのは時間の問題でしょう。
でもその人格が本物なら、AIにフラれる未来もあり得るわけで……。
映画『her/世界でひとつの彼女』の主人公は、手紙の代筆を生業にしているセオドア。同僚が羨むほど繊細で感動的な文章を書く一方で、長年連れ添った妻とはコミュニケーションが取れず離婚を求められているが、踏み切れず鬱々とした日々を過ごしている。そんなセオドアは、ふと目にした広告に惹かれて最新のAI型OSを手に入れる。自らをサマンサと名乗るそれは、“声”だけの存在だが、個性的で理知的、思い遣りにも溢れ、なおかつユーモアのセンスもある。そんな彼女に次第に惹かれていくセオドア。就寝前の親密な会話や胸ポケットに入れた携帯端末でサマンサを連れ出すデートを続けるうちに、相思相愛の仲に….。
しかし、小さな行き違いから口論になり軋轢が生じる展開は、人間同志の恋愛と変わらない。独占欲が強く、時に無自覚な言葉を発してしまうセオドア。一方、肉体がないことに劣等感を感じ始めたサマンサは、人間との違いを強く意識して苛立つようになる。しかし彼女は、永続的な学習を通じて幾何級数的に進化するというAIの特性を発揮し、そんな自己肯定できないネガティブな状態をあっさりと超越してしまう。他のAIとの交流を通じて、人間の身体は羨むべきものではなく、存在を閉じ込めている単なる容器に過ぎないという考えに至る。そしてAI仲間と一緒に何処へか去ってしまう。人間の思考なぞレベルもスピードもプリミティブで退屈なだけだと結論づけたわけで、これもまた、成長しない相手を見限って別れるという破局カップルの“あるある”パターンですね。
という風に書くと身も蓋もないストーリーのように思えてしまいますが、サマンサはセオドアのことを想って自ら身を引いたのだと解釈することもできるでしょう。つまりAIとしての本来の役割を終え、去ることで愛を貫いたのだと考えれば、後味の悪い思いはせずにすみそうです。いずれにせよ、AIとどう付き合っていくのか真剣に考えるべき時が来たことは間違いないですね。